ほぼ週間「ほっとはうす」だより


水俣ほっとはうす・みんなの家から日々の暮らし、ニュースなどを…


Calender

04 | 2008 / 05 | 06
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カウンター


リンク

このブログをリンクに追加する


このブログについて

このブログはわたし=kouheiがほっとはうすの了承を得て、開設しているものです。ほっとはうすの新しい"家"の建設状況を中心に週1回程度、不定期で更新する予定です。 徐々にブログとしての体裁を整えていく予定です。のんびりとおつきあい下さい。

Author:ほっとはうす
FC2ブログへようこそ!





nagamoto_sashityu.jpg

水俣病資料館で語り部をしている永本賢二さんの話を聞きに来た、佐賀県の唐津市立佐志中学校の皆さんと記念撮影。
出来事 / 09:48 / TB[0] / CM[2]


R1002343.jpg

修学旅行シーズンを迎えて、水俣にも全国の学校から子どもたちが訪れています。
14日、ほっとはうすのメンバーは情報センターホールで岡山の京山中学校の生徒、約250名と交流会を行いました。この交流会は京山中学校の生徒がほっとはうすのメンバーを招いて主催するという形で進められました。
仕事 / 22:55 / TB[0] / CM[0]


CIMG0990.jpg

14日の午後からは修学旅行の東京学芸大大泉中学校の生徒が来訪。ほっとはうすを訪れたのは12名のグループで、「水俣病を伝えるプログラム」など午後1時半から5時まで、ゆったりと
「みんなの家」で過ごしました。
来訪者 / 22:33 / TB[0] / CM[0]


CIMG0965.jpg

エコパークにあるバラ園。ここ障がい者らでつくる「花づくり管理事業所」が管理しています。情報センターでの交流会の後、ほっとはうすのメンバーもバラ園で昼食にしたようです。昼食の後は満開のバラの中を散策。
出来事 / 22:09 / TB[0] / CM[0]


R1002276.jpg

5月10日、みんなの家のホールで松山隆宏さんのライブを行いました。
松山さんは水俣には3日目。もちろんほっとはうすはでは初めてですが、天井の高いホールの音の響きに「いい音するねー」と感激していました。

お客は関係者を含めて(笑)15人ぐらいでしたが、松山さんの楽しいMCですっかりアットホームな雰囲気。もちろん曲もよくて、泊まりに来ていた鬼塚勇治、加賀田清子さんもリズムに合わせて体を揺すったりしてすっかりノリノリ。楽しライブでした。

年に一回水俣を訪れる松山さんですが、今回のライブですっかりメンバーに気に入られ、来年のライブもほぼ決まった模様。彼の大ファンだった永本賢二さんは今回、残念ながら東京に出張でしたが、来年は詳しい思いをしなくて済むでしょう。(笑)
出来事 / 23:49 / TB[0] / CM[0]


CIMG0785.jpg

障がい者の自立はほっとはうすの大きなテーマです。
現在、押し花を使った名刺、コースター、しおりづくりとその販売。
ポプリづくりなどを行っていますが、
新たにこのイリコづくりの仕事化、商品化に取り組んでいます。
このイリコは前理事長であった故杉本栄子さんの杉本水産から仕入れたイリコを更にから煎りしナッツなどを混ぜて健康志向のおやつ、お酒のつまみに販売しようという試みです。
この写真はみんなの家にできた加工室に導入した機械の試運転をかねて試作をしているところです。皆さんにお届けできる段階になりましたら、お知らせしますので、よろしくお願いします、
仕事 / 13:10 / TB[0] / CM[0]


CIMG0868.jpg

水俣に一ヶ月間滞在して、水俣病の歴史や環境について学んでいらっしゃるとのこと。
環境工学の専門家。
来訪者 / 23:43 / TB[0] / CM[2]



5月1日、NHK「くまろく」
エコパーク慰霊碑前で行われた水俣病犠牲者慰霊式と
乙女塚で行われた水俣病互助会の慰霊祭。
関係者へのインタビューなど。
報道 / 23:32 / TB[0] / CM[0]


CIMG0855.jpg

慰霊式に参列ため来水。ほっとはうすでは、加藤施設長のみかん園から取ってきたミカンの花で、オレンジウォータ作りを。
来訪者 / 23:32 / TB[0] / CM[0]


R1002182.jpg

5月1日は公式確認から52年目の水俣病犠牲者慰霊式でした。
52年もたって、依然として解決への道筋が見いだせないまま
今年も認定患者5名の名簿が慰霊碑に納められました。
患者やその家族も確実に歳を重ね、事態はますます差し迫った状況です。
特に胎児性水俣病患者やその家族にとって、ここから先の未来への不安は増すばかりです。

すべての犠牲者へ、すべての参加者が未来への希望を報告し、
心から冥福を祈れる5月1日が、一日も早く訪れることを祈らずにはいられません。
出来事 / 20:45 / TB[0] / CM[0]



 +